越境学習のフィールドに、平尾台が向いている理由──人口66人の集落と、102人で守る草原

平尾台の野焼き。枯れ草の斜面を駆け上がる炎と、防護服姿で火入れをする従事者
毎年2〜3月に行われる平尾台の野焼き(提供:平尾台で出会う旅 hiraodai.net)

この記事の要点

  • 越境学習でつまずくのは、多くの場合「課題が抽象的すぎる」ことです。参加者に手触りが残らず、提案が絵に描いた餅で終わります。
  • 平尾台には輪郭のはっきりした問いがあります。集落の人口は66人、高齢化率は60.6%(平尾台一・二丁目/住民基本台帳 令和8年3月31日現在)。
  • 草原の景観は、毎年約330haを、当日102人の地域住民とほぼ同数の消防職員が焼くことで維持されています。
  • 阿蘇(草原 約2万2千ha)は約900人、秋吉台(約4,500ha)は過去最多680人のボランティアを動員しているのに対し、平尾台は外部ボランティアを募っていません。
  • 「守る」と「使う」、担い手の継承、共有資源の管理——教科書の章立てがそのまま現地にあります。しかも小倉駅から車で30分

越境学習が空回りするとき

自社の外に出て学ぶ「越境学習」は、いま人材育成の主要な選択肢になりました。リディラバ、JMAM、インソースなど複数の事業者がプログラムを提供し、地域の事業者と組んで課題解決に挑む形が定着しています。

ただ、うまくいかないケースにはだいたい共通点があります。課題が抽象的すぎるのです。「人口減少」「地域活性化」といった大きさで提示されると、参加者は自分の仕事の言葉に翻訳できません。2日間で出てくるのは、どこの地域にも当てはまる一般論になります。

必要なのは、数えられる大きさの問いです。

数字で見る、平尾台の問い

平尾台は、福岡県北九州市小倉南区に広がる日本三大カルストの一つです。同時に、人が暮らす集落でもあります。

指標数値
平尾台一・二丁目の世帯数41世帯
同 人口66人
同 65歳以上40人(高齢化率 60.6%)
野焼きの保護地域面積約330ha
野焼き当日の実働(地域住民)総勢102人(午前・午後 各約50人/11〜14班)
同(消防職員)ほぼ同人数
実施主体の母数野焼き委員会を中心に約300人
防火帯総延長 約8km・幅20m(1993年〜)
平尾台地区の観光客数(令和6年)42.4万人(ピーク 平成19年 55.4万人比 ▲23.5%)

ひとつずつは、ただの数字です。けれど並べると、問いの形が見えてきます。66人が暮らす場所で、330haの景観を、102人で焼いている。この構造をどう続けるのか。

火を灯して、草原を守る

平尾台の草原は「自然のまま」ではありません。木がほとんど生えない一面の草原は、人が毎年火を入れてきたからこそ保たれてきた、人と自然の共作です。

もともとは、牛馬の飼料や茅葺屋根の材料として茅を刈り、残った枯れ草を処理するための火でした。農業での利用価値が失われたあとも、火は灯され続けています。目的が「生活の必要」から「草原景観の維持」へと変わったのです。

その途中には、痛ましい歴史もあります。昭和52年(1977年)3月25日、強風にあおられた火が全山に回り、消防署員5名が殉職しました。この事故のあと、平尾台の野焼きは18年間中断されています。失われていく草原を前に、人々は野焼きの意味を問い直し、東谷地区の各種団体が連携する「平尾台野焼き委員会」を立ち上げて再開しました。

10月には防火帯の草を刈り、焼いて、火の通り道をつくる。2月から3月に、本番の野焼きを1日で行う。火は風を受けて斜面を駆け上がると時速30kmに達するといい、人が走って逃げられる速さではありません。

他地域との比較
阿蘇(草原 約2万2千ha)には、公益財団法人阿蘇グリーンストックが組織する野焼きボランティアが2020年時点で約900人。秋吉台(約4,500ha)では、火道切りに連合山口の組合員が参加し、2022年は過去最多680人が集まりました。
一方、平尾台は外部ボランティアに援助を求めていません。規模も地形も違うため単純な比較はできませんが、「開くべきか、閉じるべきか」という問い自体が、そのまま研修の論点になります。

「守る」と「使う」は対立していない

平尾台にはもうひとつ、教材としての厚みがあります。この台地は三つの顔を持っているのです。国定公園として保護される自然区域、石灰岩を採掘する産業区域、そして人が暮らす生活区域

石灰岩は、セメントや鉄、ガラスの原料として、私たちの生活を支える資源です。世界の陸地の約15%は石灰岩とされますが、日本で資源として使えるのは国土の1%にも満たないといわれます。

一方で、この風景を残したいと願う人々がいた。1985年ごろには市民による自然保護運動が活発化し、「平尾台カルスト地域保存管理計画」の策定と、鉱区禁止地区のゾーニングにつながっていきます。

「ここは資源として使おう」「ここから先は絶対に守ろう」——長い話し合いの末に引かれたこの線を、現地で見ながら考える。トレードオフの合意形成を扱う研修として、これ以上の教材はそう多くありません。

研修としての組み立て方

粋邑では、以下のような組み立てをご相談いただけます。

  1. 座学(ひつじcafe を貸切)——平尾台の地質・歴史・現在の構造を共有します。
  2. フィールドワーク——羊群原、ドリーネ、鍾乳洞、防火帯を歩く。地図で見た構造を、足で確かめます。
  3. 対話——地域の方の講話を組み込む場合は、日程と内容の調整が必要です。早めにご相談ください。
  4. 提案づくり——宿に戻り、各室に分かれてグループワーク。夜まで議論を続けられます。

宿は最大15名の一棟貸切で、チェックイン・アウト時以外はスタッフが滞在しません。議論が外に漏れる心配はありません。

私たち自身も、ひとつの事例です

山の家 粋邑 HIRAODAI は、北九州市の特区民泊(国家戦略特別区域外国人滞在施設経営事業)の認定第1号として2017年7月24日に認定を受けました。市街化調整区域における特区民泊としては全国初の事例で、北九州市の特区民泊は現在も市内で3施設のみです。

規制緩和を使って、人口の少ない集落の空き家を宿にする。その過程で何が起き、何につまずいたのか——それ自体を、視察や研修のテーマとして扱っていただくこともできます。

ご相談はお問い合わせページから。プログラム例は企業研修・合宿のページにまとめています。

よくあるご質問

越境学習とは何ですか?

自社の外に出て、異なる環境や価値観のなかで課題に取り組むことで学ぶ人材育成の方法です。地域の事業者や住民とチームを組み、実在する課題の解決に挑む形が代表的で、リディラバ、JMAM、インソースなど複数の事業者がプログラムを提供しています。

平尾台では、どんな課題を題材にできますか?

草原景観を維持する野焼きの担い手をどう継承するか、石灰岩を「資源として使う」ことと「風景として守る」ことをどう両立させるか、人口66人・高齢化率60.6%の集落でどう事業を成り立たせるか。いずれも現在進行形の問いです。

平尾台の野焼きはどのくらいの規模ですか?

森林文化協会のレポートによれば、保護地域は約330ha。野焼き当日は地域住民が総勢102人(午前・午後 各約50人ずつ、11〜14班に分かれる)とほぼ同人数の消防職員が加わって実施します。実施主体は東谷地区の野焼き委員会を中心とする約300人で、外部ボランティアは募っていません。

研修で野焼きに参加できますか?

野焼きは危険を伴う作業で、地域の委員会が主体となって実施しています。研修としての参加可否は地域の判断によりますので、当宿が可否をお約束することはできません。ご関心がある場合は、まずご相談ください。

越境学習・地域課題型研修のご相談

テーマと日程をお知らせください。組み立てをご提案します。

このページの出典

  1. 平尾台一・二丁目の世帯数・人口・年齢別人口:北九州市「北九州市の人口(町別)」令和8年3月31日現在(小倉南区)を5歳階級別に集計
  2. 野焼きの保護地域面積・当日の実働人数・実施主体・防火帯・他地域比較・時速30km・18年間の中断:森林文化協会「北九州・平尾台の『野焼き』どう継承 -新たな協働の創生と地域資源としての草原価値の再構築について」
  3. 1977年3月25日の事故(消防署員5名が殉職):朝日新聞1977年3月26日朝刊・3月28日夕刊
  4. 平尾台地区の観光客数:北九州市「観光動態調査(令和6年次)報告書」図5-3
  5. 石灰岩の資源としての位置づけ、三つの区域、保存管理計画:平尾台で出会う旅(hiraodai.net)「そして、石はひつじになる。」「野焼きが生み出す風景」
  6. 特区民泊の認定日・認定施設数:北九州市「国家戦略特別区域外国人滞在施設経営事業の認定施設一覧」(最終更新 2025年10月21日)

最終更新:2026-09-09