越境学習が空回りするとき
自社の外に出て学ぶ「越境学習」は、いま人材育成の主要な選択肢になりました。リディラバ、JMAM、インソースなど複数の事業者がプログラムを提供し、地域の事業者と組んで課題解決に挑む形が定着しています。
ただ、うまくいかないケースにはだいたい共通点があります。課題が抽象的すぎるのです。「人口減少」「地域活性化」といった大きさで提示されると、参加者は自分の仕事の言葉に翻訳できません。2日間で出てくるのは、どこの地域にも当てはまる一般論になります。
必要なのは、数えられる大きさの問いです。
数字で見る、平尾台の問い
平尾台は、福岡県北九州市小倉南区に広がる日本三大カルストの一つです。同時に、人が暮らす集落でもあります。
| 指標 | 数値 |
|---|---|
| 平尾台一・二丁目の世帯数 | 41世帯 |
| 同 人口 | 66人 |
| 同 65歳以上 | 40人(高齢化率 60.6%) |
| 野焼きの保護地域面積 | 約330ha |
| 野焼き当日の実働(地域住民) | 総勢102人(午前・午後 各約50人/11〜14班) |
| 同(消防職員) | ほぼ同人数 |
| 実施主体の母数 | 野焼き委員会を中心に約300人 |
| 防火帯 | 総延長 約8km・幅20m(1993年〜) |
| 平尾台地区の観光客数(令和6年) | 42.4万人(ピーク 平成19年 55.4万人比 ▲23.5%) |
ひとつずつは、ただの数字です。けれど並べると、問いの形が見えてきます。66人が暮らす場所で、330haの景観を、102人で焼いている。この構造をどう続けるのか。
火を灯して、草原を守る
平尾台の草原は「自然のまま」ではありません。木がほとんど生えない一面の草原は、人が毎年火を入れてきたからこそ保たれてきた、人と自然の共作です。
もともとは、牛馬の飼料や茅葺屋根の材料として茅を刈り、残った枯れ草を処理するための火でした。農業での利用価値が失われたあとも、火は灯され続けています。目的が「生活の必要」から「草原景観の維持」へと変わったのです。
その途中には、痛ましい歴史もあります。昭和52年(1977年)3月25日、強風にあおられた火が全山に回り、消防署員5名が殉職しました。この事故のあと、平尾台の野焼きは18年間中断されています。失われていく草原を前に、人々は野焼きの意味を問い直し、東谷地区の各種団体が連携する「平尾台野焼き委員会」を立ち上げて再開しました。
10月には防火帯の草を刈り、焼いて、火の通り道をつくる。2月から3月に、本番の野焼きを1日で行う。火は風を受けて斜面を駆け上がると時速30kmに達するといい、人が走って逃げられる速さではありません。
他地域との比較
阿蘇(草原 約2万2千ha)には、公益財団法人阿蘇グリーンストックが組織する野焼きボランティアが2020年時点で約900人。秋吉台(約4,500ha)では、火道切りに連合山口の組合員が参加し、2022年は過去最多680人が集まりました。
一方、平尾台は外部ボランティアに援助を求めていません。規模も地形も違うため単純な比較はできませんが、「開くべきか、閉じるべきか」という問い自体が、そのまま研修の論点になります。
「守る」と「使う」は対立していない
平尾台にはもうひとつ、教材としての厚みがあります。この台地は三つの顔を持っているのです。国定公園として保護される自然区域、石灰岩を採掘する産業区域、そして人が暮らす生活区域。
石灰岩は、セメントや鉄、ガラスの原料として、私たちの生活を支える資源です。世界の陸地の約15%は石灰岩とされますが、日本で資源として使えるのは国土の1%にも満たないといわれます。
一方で、この風景を残したいと願う人々がいた。1985年ごろには市民による自然保護運動が活発化し、「平尾台カルスト地域保存管理計画」の策定と、鉱区禁止地区のゾーニングにつながっていきます。
「ここは資源として使おう」「ここから先は絶対に守ろう」——長い話し合いの末に引かれたこの線を、現地で見ながら考える。トレードオフの合意形成を扱う研修として、これ以上の教材はそう多くありません。
研修としての組み立て方
粋邑では、以下のような組み立てをご相談いただけます。
- 座学(ひつじcafe を貸切)——平尾台の地質・歴史・現在の構造を共有します。
- フィールドワーク——羊群原、ドリーネ、鍾乳洞、防火帯を歩く。地図で見た構造を、足で確かめます。
- 対話——地域の方の講話を組み込む場合は、日程と内容の調整が必要です。早めにご相談ください。
- 提案づくり——宿に戻り、各室に分かれてグループワーク。夜まで議論を続けられます。
宿は最大15名の一棟貸切で、チェックイン・アウト時以外はスタッフが滞在しません。議論が外に漏れる心配はありません。
私たち自身も、ひとつの事例です
山の家 粋邑 HIRAODAI は、北九州市の特区民泊(国家戦略特別区域外国人滞在施設経営事業)の認定第1号として2017年7月24日に認定を受けました。市街化調整区域における特区民泊としては全国初の事例で、北九州市の特区民泊は現在も市内で3施設のみです。
規制緩和を使って、人口の少ない集落の空き家を宿にする。その過程で何が起き、何につまずいたのか——それ自体を、視察や研修のテーマとして扱っていただくこともできます。
ご相談はお問い合わせページから。プログラム例は企業研修・合宿のページにまとめています。